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2025年02月01日

「さん」にまつわるお話し

「さま」「くん」など、日本語には様々な敬称がありますが、なかでも便利なのが「さん」という言葉です。

日本語の特徴ともいえる、目上、目下など、人間関係による使い分けも必要なく、男女の区別もない言葉は、とくに今の時代に重宝する言葉とも言えるでしょう。

この「さん」は、人の名前以外にも多く用いられます。「おかあさん」「お兄さん」などがその例です。会社やお店の名前にも「さん」をつけて呼ぶことがありますし、「お医者さん」「パン屋さん」のように職業にもつけることができます。さらに、人だけでなく動物にも「ゾウさん」「クマさん」のように使われています。さまざまな言葉に「さん」をつけることで丁寧になり、やさしさや親しみを感じる表現になります。

「さん」に似た言葉に「ちゃん」があります。「さん」がなんとなくくだけていって「ちゃん」という言葉ができたのではないかと考えてしまいますが、そう単純でもないようです。

古代の日本人の発音は現代とはかなり違う部分がありました。例えば奈良時代のさ行の発音は、万葉仮名を手掛かりにすると、「サ→ツァ、チャ、シャ」「シ→スィ」「セ→シェ」であったと言われています。これに照らし合せると「サン→チャン」となり、「ちゃん」という言葉には古代の発音の名残が関係しているのではないかと考えられます。

因みに「セ→シェ」の発音は、16世紀頃くらいまでは使われていたようで、例えば、先生はシェンシェイと発音していたようです。この発音の仕方は東北や九州の一部の方言としても残っています。

「おかあさま」「お医者さま」のように、「さん」をより丁寧に言う時には「さま」が使われます。そのイメージの通り「さま」がいわば本来の言葉で、それが訛って、少しくだけた「さん」が生まれました。

しかし、この「さま」という言葉は、平安時代や鎌倉時代には「さまに」「さまへ」という言い方でもともと「～のほうへ」という方向を表す言葉でした。

日本語は直接的な表現を避けることで丁寧さを表すことがあります。例えば「鈴木に渡す」だと失礼な言い方になってしまいますが、それを昔は「鈴木さまに(のほうへ)渡す」となんとなくぼかした表現にすることで丁寧さを出していました。このような使われ方をしているうちに方向を表す
言葉がいつの間にか敬称になっていったようです。

ところで、方向を表す「さまへ」の使い方は消えてしまいましたが、「～のほう」という言い方は、現代に多用される言葉ですね。「ご都合のほう、いかがでしょうか」という使われ方も耳にすることがあります。

本来「～のほう」というと2つ以上の選択肢がある中で「こちらのほう」「赤い色のほう」というように、その中のどれなのかを示す言葉ですから、一つしか選択肢がないものに使うのは、おかしい表現と言えるかも知れません。しかし、先ほどの例のように、曖昧にぼかした「～のほう」という言葉を付け足すことで丁寧さを表していると考えることもできます。そうすると「曖昧さ→丁寧さ」という日本の独特な言葉の伝統は、遥か昔から現代にもしっかり引き継がれているということになりそうです。